『ユリシーズ』
1954年イタリア
監督:マリオ・カメリーニ
主演:カーク・ダグラス
古代ギリシャの詩人ホメロスの長編叙事詩『オデュッセイア』を原作に、有名なトロイの木馬の下りから英雄ユリシーズがさまざまな冒険に繰り出し、困難を乗り越えて、いちどは奪われた王国を取り戻すまでの貴種流離譚を映像化したもの。
ユリシーズというとピンと来ない人には、こう説明したい。
ギリシャ語の『オデュッセウス』がラテン語訳されるとUlixes(ウリクセス)あるいはUlysseus (ウリュッセウス)となり、これが英語のUlysses(ユリシーズ)の原型になっているのだ、と。
『ユリシーズ』のあらすじ
ユリシーズの立案によりトロイの木馬作戦が実施され、トロイア戦争はアカイア勢力の勝利に終わる。
故郷イタカへ向けて船出したユリシーズだったが、途中さまざまな困難に遭遇する。
ユリシーズの船は嵐に遭遇、船は難破し、ユリシーズは一人パイエケスの海岸に流れ着く。そこを助けてくれたのはナウシカア王女だった。しかしユリシーズは記憶をなくしてしまっていた。
ナウシカア王女に気に入られ、婚礼まで上げようとしたその日、海岸でユリシーズはこれまでの冒険の数々の記憶がよみがえる。
一つ目の巨人、サイクロプスの島では一度は捕まるものの、ワインを飲ませて昏睡したところを脱出する。
魔女キルケーの島では部下が豚の姿に変えられてしまうが、結局はキルケーを説得、1年の歓待を受ける。
キルケーにより冥界に向かったユリシーズは、預言者テイレシアスから様々な予言を授かる。
ユリシーズの一行は再度船出するが、今度はセイレーンの歌声に乗組員たちが惑わされる。ひとりユリシーズだけがこれに抗い、セイレーンから船は逃れる。
記憶が戻ったユリシーズはパイエケス人の援助を受け、ようやく故郷のイタカへ帰り着くことができた。
しかしユリシーズ不在のあいだに、妻ペネロペには多くの男たちが言い寄り、領地をさんざんに荒していた。
ユリシーズは物乞いに身をやつして城に潜入し、様子を探る。
ペネロペは苦心の末、求婚者たちに「かつてユリシーズが引いた弓をつかって12の斧の穴を一気に射抜いたものと結婚する」と誓う。
が、求婚者たちはだれも弓を弾けなかった。
そこに颯爽とユリシーズが正体を現し、弓で的を射ぬき、求婚者たちも次々に斃し、妻と国を取り戻したのだった。
映画としての『ユリシーズ』
ホメロスの叙事詩をダイジェストで見せる映画の『ユリシーズ』。
主演はアメリカの俳優:カーク・ダグラスが務めました。当時のイタリア映画ではたまにこういう配役が見られますね。
マカロニ・ウエスタン(舞台設定はアメリカ西部なのに、イタリアとかスペインとかで撮影・制作された西部劇)でもクリント・イーストウッドが主演したりした映画が何本かあります。
この『ユリシーズ』はマカロニ・ウエスタンならぬマカロニ・ギリシャ神話。
カーク・ダグラスがイタリア語をしゃべってる! と思ってよく口の動きをみてみると、アテレコなのがわかります。
大がかりな船のセットや冒険する風変わりな島々のセットなどを見ると、まだこのころのイタリア映画は元気があったのだなあとしみじみ。
一つ目の巨人サイクロプスとの遭遇では、遠近法をうまく使った特撮を駆使し迫力を出しています。現在のCGバリバリの映像に慣れてると、素朴さが逆にいい味出してます。
古い映画ではありますが、カーク・ダグラスはじめ男たちは皆マッチョで、端整な顔立ちはギリシャ彫刻そのもの。女性たちもペネロペ役のシルヴァーナ・マンガーノの美女ぶり、ナウシカア王女のロッサナ・ポデスタの可愛らしさは今でも一見の価値あり。
今企画だと絶対2時間オーバーするであろう歴史大作ネタを、100分程度でコンパクトにおさめているのでサクサク楽しめます。
映画のラストにこんなテロップが流れます。
「今日ではユリシーズの屋敷も 巨人の洞窟も ペネロペの微笑みも キルケの魔法も すべてが闇に埋もれてしまった
だがユリシーズは詩人により永遠の命を与えられる
ホメロスの叙事詩によりギリシャの英雄の物語は 世界中で語り継がれることとなったのである」
今でもたまに、こうして鑑賞されるこの映画『ユリシーズ』も、その語り継ぎの一翼を担っているわけですね。
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