映画評『グラン・トリノ』孤高の老人と移民の少年が心を通わせる感動のドラマ

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『グラン・トリノ』
2008年アメリカ
原題:Gran Torino
監督:クリント・イーストウッド
脚本:ニック・シェンク
音楽:カイル・イーストウッド
   マイケル・スティーヴンス
出演:クリント・イーストウッド
   ビー・ヴァン 
   アーニー・ハー
   クリストファー・カーリー

『グラン・トリノ』イントロダクション

ポーランド系アメリカ人で、フォードの自動車工を50年勤めあげたウォルフ・コワルスキー(クリント・イーストウッド)は、デトロイトで、隠居暮らしを続けていた。

妻を亡くし、その葬儀で孫たちの不遜な態度に静かに怒るウォルフに、二人の息子たちも手を焼くが、孫のアシュリーなどはすでにウォルフの死後、彼のリビングのソファや倉庫に眠るヴィンテージ・カー「グラン・トリノ」に目を光らせている。

ひとりになったウォルフは常にアメリカ国旗を掲げた自宅のポーチで缶ビールを飲み、余暇をつぶした。

心配した神父が来ても、教会へ顔を出そうとはしなかった。

神父は亡くなったウォルフの妻に生前、ウォルフに懺悔を受けさせるよう頼まれていたのだった。

デトロイトも日本車が台頭し、街は東洋人が増え、ウォルトはそれを苦々しく思っていた。

ウォルトは朝鮮戦争に出兵した経歴があったが、そこには罪の記憶もあった。

ウォルトの隣に住むモン族の少年タオは、同じモン族のギャングに無理やりそそのかされ、ウォルトのグラン・トリノを盗もうとガレージに忍び込んだが、ウォルトの構えたライフルの前に逃げ去る。

それがウォルトとタオの縁の始まりだった。

タオを無理やりグループに引き入れようとするギャングたちがタオの家の庭先で騒動を起こす。

その騒ぎがウォルトの家の庭にまで及ぼうとした時、ウォルトがライフルでギャングたちを追い払った。

このことで近所一帯のモン族たちから感謝されるようになったウォルフ。

ウォルフは散髪の帰り道、今度はタオの姉スーが黒人の不良たちにからまれているところを助けることになる。

誕生日のウォルフのもとを息子夫婦が訪ねてきた。

ウォルフを老人ホームに入れようとする息子夫婦を追い返し、一人でポーチで缶ビールを飲む。

そこにスーが現れ、モン族のホームパーティーに招かれる。

歓待してくれる彼らに家族の温かさを感じるウォルフだったが、一方で体の不調も覚え、病が自分の体をむしばんでいることを知る。

翌日からもモン族の御礼が続いた。

そしてタオが、盗みに入ったお詫びにウォルフのもとで働くことになった。

タオはウォルフのいいつけをよく聞き、よく働いた。

だがその一方で、またモン族のギャングたちがタオにさらなる嫌がらせを加え、それを知ったウォルフは・・・。

孤高の老人と移民の少年が心を通わせる感動のドラマ『グラン・トリノ』

朝鮮戦争従軍の経歴があり、フォードの自動車工場に40年勤めた筋金入りの頑固爺いの役にクリント・イーストウッド。

偏屈ではあるが人の情には篤いところがあるこの老人の役が、イーストウッドにはぴったりで、彼は自分がどうみられているかをよくわかっている。

タイトルの「グラン・トリノ」はフォード社のフォード・トリノのうち、第3世代1972年から1976年に生産されたものだ。

このグラン・トリノはイーストウッド出演の『ダーティハリー3』(1976年)でも登場し、イーストウッド演じるハリーが乗り回したという縁もある。

デトロイトがアメリカの自動車産業の中心地であったのは昔の話である。

今は寂れてしまい、移民が多く流入している。

作中のモン族はラオス一帯に住んでいた山岳民族であるが、第1次、第2次インドシナ戦争のときに、フランス・アメリカ軍に協力した。

だが共産勢力が優勢になってからは反体制分子として弾圧され、命からがらアメリカに逃げてきた民族である。

これが、朝鮮戦争でトラウマを背負ったウォルフ・コワルスキーを刺激するのだ。

何も単にウォルフは白人至上主義だったり、単に過去の栄光に憑りつかれただけの老人なわけではないことは、作品を見ていくにしたがってわかるだろう。

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