映画評『チェンジリング』実話をもとに、腐敗した警察権力と戦う母親の愛を描く問題作!

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『チェンジリング』(Changeling)
2008年アメリカ
監督:クリント・イーストウッド
脚本:J・マイケル・ストラジンスキー
主演:アンジェリーナ・ジョリー

『チェンジリング』イントロダクション

1928年ロサンゼルスで電話会社に勤めるクリスティン(アンジェリーナ・ジョリー)はシングルマザー。

息子ウォルター(ガトリン・グリフィス)を留守に残し仕事に出かけるが、帰宅するとウォルターは失踪してしまっていた。

クリスティンはロサンゼルス市警に捜査を依頼するが、数か月たっても息子は見つからない。

事件は5か月後、動き出す。

ロス市警のジョーンズ警部(ジェフリー・ドノヴァン)からウォルターを保護したとの連絡が入ったのだ。

クリスティンはわが子に会うために駅へ向かう。

だがそこに現れた少年は全くの別人だった。

市警の手柄をアピールしたいデーヴィス本部長(コルム・フィオール)やジョーンズ警部は体面を取り繕うため、

「あなたの勘違いです」
「5カ月で体重が減り印象が変わったんです」
「あなたは動揺しているだけだ」

と言いくるめ、記者たちの取材を受ける。

クリスティンは少年と帰宅するが、明らかに身長が低いことや、少年にウォルターには施されていなかった割礼がなされていることに気付き、ジョーンズ警部に再調査を依頼する。

だが、捜査のミスが発覚することを恐れるジョーンズは、

「母親としての責任から逃げている」

と逆にクリスティンを責める。

クリスティンは歯医者の診断記録や小学校の担任の証言を集め、マスメディアに公表しようとするが、それを知ったジョーンズは先手を打ってクリスティンを「精神異常者」として精神病院に隔離してしまうのだった・・・。

実際に起きた事件を題材に、警察の闇と戦った母親を描く『チェンジリング』

1920年代にロサンゼルスで「ゴードン・ノースコット事件」という実際に起きた大量少年誘拐・殺害事件があった。

その被害者のひとりとされるのが、主人公クリスティンの息子ウォルター少年である。

クリスティンの捜索依頼はロサンゼルス市警のとんでもないでっち上げで無理やり解決を図られる。

背景には、ロサンゼルス市警の腐敗(汚職や職務怠慢、ギャングとの蜜月、市民との不和)があった。

ウォルターの捜索を最初に依頼した時のクリスティンと警察の言い分が次のように描写される。

「子どもの行方不明は24時間捜索しない方針です」
「99%の場合、翌朝には戻りますから」
「遊んでる子供の捜索に署員を回せません」

クリスティンが憶えるのは絶望である。

5カ月の後、見つかったとされる息子は全く別の少年。

再捜索の依頼もロス市警には受け入れてもらえない。

マスメディアの力を借りようとする矢先に、当の警察から精神病院につながれる。

精神病院でも、現代ではとても考えられないような反人権的な扱いを受けるクリスティン。

映画で描かれた、たった一人戦う母におきた一連の出来事は、ぞっとすることに実話に基づいている。

事件が解決に向かうのは、日ごろから警察の不正を糾弾していたブリーグレブ牧師(ジョン・マルコヴィッチ)の活躍。

精神病院から出られた
クリスティンではあるが、息子を探す本当の戦いはここからだった。

別件で少年犯罪を追った刑事レスター(マイケル・ケリー)がゴードン・ノースコット事件に突き当たる。

ウォルター少年がどうもこのゴードン・ノースコット事件に巻き込まれているらしいことがわかると、警察に対する市民の非難の声も大きくなって行き、ようやく事件は新たな局面を迎える。

当時のロス市警の腐敗に被害にあったクリスティンの物語ではあるが、けして警察を弾劾するための作品ではない。

作品に最初から最後まで貫かれているのは、母親の子に対する愛の信念。

無残な事件を描いた作品が、この愛をしっかり忘れないことによって、最後には一抹の「希望」を見出すまでになる。

ぜひ、ラストシーンまで付き合ってもらいたい。

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